2017-08

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バングラからモルディブへ

1月3日

バングラからモルディブへ帰る。


お世話になったバングラ隊員とは、
ここでお別れ。

お世話になったバングラ隊員


ありがとう!!!
今度は、日本で!!


このバングラの旅。
私たち同期にとって最後の任国外旅行。
だって、
次はもう私たち現職組が日本に帰国する時だから。

私たち同期6人と共に旅してきた
6個のバックパック。
一緒にチェックインカウンターに並べるのもこれが最後。

バックパック私たち6人と旅してきた6個の



この6枚の公用パスポートと旅するのも最後。

公用パスポートで旅するのも最後



経由のために計6回目の立ち寄りになったコロンボ空港
ここに来るのも最後

コロンボ空港


コロンボ空港も最後



6人で飛行機に乗るのも最後だな

みんなで飛行機に乗れるのも最後



モルディブに6人で飛行機で上陸するのも、
一緒に入国審査するのも最後

モルディブ上陸も最後



「〇○も、もうこれで最後だね~」

そんな発言が自然と増えている私たち。
楽しいことをたくさん一緒にやってきたメンバーだから、
最後になるのは寂しい…
そんな気持ちから出てきてしまっている言葉なんだと思う。

3月19日に現職組の4人が帰国するときのことが話題になることも増えてきた。


空港ジェッティからピックアップでホステルへ。

ピックアップで帰るのも最後


あと何回、
こうやってみんなでピックアップ乗れるかな。


恒例の
ホステル前「ただいま」写真

恒例のただいま写真も最後



次に、
こうしてホステル前で写真を撮るのは、
帰国日の3月19日なんじゃないかな。



モルディブで。
インドで。
ネパールで。
スリランカで。
バングラディッシュで。

楽しいことをいっぱい一緒にしてきたこの6人。


毎回、
「☆出会い639日☆」「さかみち」
のブログ著者であるA隊員、M隊員。
いい写真をありがとう。
今回のキヒネッタ「バングラ編」も、
この二人がとってくれた写真がいっぱい。

いつもありがとう!!
そして、残りの2か月半も頼みます。

まだまだ
たった2か月半とはいえ、
面白いこと、ハプニング。
大爆笑が残っているはずだからね。





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バングラの風景

1月2日

明日はもうモルディブへ帰る日。
だから、バングラを見て回れるのは今日が最終日。


バングラディッシュという国。

バスで長距離移動しても、
バスからの風景があまり変わらない。

人の服装とか、やってることとかも変わらない。

それなのに、
飽きることがなかった。
それって、一つ一つが魅力的な証拠。
特別じゃないけど、魅力がある。


あちらこちらに食べ物や。
きっとバングラ人って間食好き。

どこにでもある

お茶屋さん

お茶屋さん



スナック売りのおじちゃん

スナックを売るおじちゃん



屋台のおにいちゃん

屋台のお兄ちゃん



ルティを焼く人

ロティを焼くおじちゃん





八百屋も果物屋も
商品は必ずきれいに並べる。

見事に並べられた野菜

きれいに並んだ果物



カラフルな布

カラフルな布



頭巾姿の子供

頭巾をかぶった子ども



マフラーを頭にまいたおじちゃん

マフラー巻きのおじちゃん



ショールをかぶった人

ショールをかぶった人


裸の子供

裸の子供




頭の上に荷物をのせた人

頭の上に荷物をのせた人



華やかな衣装をまとった女性

カラフルな衣装をまとった女性たち


いやいや、
この人たちは、間違いなく
女性の姿をした「男性」


和式トイレスタイルの人たち

和式トイレスタイルに座る人


実際に用を足している姿もたくさん見た。
そこらじゅうがトイレのバングラ人。


何でも直しちゃうバングラ人

靴を直してくれる人



私も靴を直してもらった

靴



どこの部位だかすぐ分かる生肉

部位がわかる肉



明らかに偽物だとわかる商品

偽物





リキシャー

リキシャー



渋滞

渋滞



田んぼに畑

田んぼ 畑



線路沿いで生活する人

線路沿いで生活する人



どこに行っても

同じような風景
同じような建物
同じようなお店
同じような建物
同じような恰好

それなのに、
なーぜか飽きないバングラディッシュ。


魅力的で、パワーのある国だった。



首都ダッカにしかないものも当然あった。


自称?南アジア最大のショッピングモール

南アジア最大のショッピングモール



立派な映画館もあった

映画館



それから、各国の美味しいレストラン

ダッカにしかないもの



なぜか、
ダッカでのディナー4回中、
3回が韓国料理(笑)


ダッカ最後の夜も
韓国料理。

もう日本では食べられない
ゆっけも食べて

ゆっけ



任国外旅行ツアー恒例の
隊員連絡所訪問もして…

恒例のドミ見学



大満足。



隊員連絡所は、
スリランカ、ネパール同様、
高級住宅街の中の高級一軒家。
もう慣れたもので、
モルディブと比べてへこんだりしません。


連絡所のある地域は、
大使館が集まる地域。
その中に見つけた!!

見慣れたマークに、見慣れた文字

モルディブ領事館


モルディブ大使館(high commission)

※ここで、プチ知識を紹介
 この「high commission」と言う単語
 聞きなれないですよね?
 モルディブでバングラのビザを取りに行ったところもhigh commission
 「embassyじゃあないんだ~」とそこでも疑問に思った。
 high commission=an embassy of one British Commonwealth country to another
 「英国連邦の他国への大使館」という単語らしいです。
 勉強になりましたね~。



門の前で騒いでいたら、
中から人が出てきて……


「モルディブ人ですか??」

とディベヒ語で聞いたら、正解!!


なんか、外国で日本人に会ってホッとするのと同じ感覚だった。
久々のモルディブ人とディベヒ語になつかしさを感じて…

私たちもすっかりモ人の仲間入りということなんでしょうかね。

もちろん、集合写真を撮って、
ちゃっかり、名刺も頂きました。

モルディブ人と




さあ、
明日は、
今の私たちの地元「モルディブ」へ

帰ります。




バングラの洗礼

1月1日元旦

お腹の痛みで目を覚ます。


今日は早朝散歩も無理!
元旦からさわやかに散歩行きたかったけどな~

それどころじゃなく、
もう水のような下痢が止まらないーーー
お腹が痛いーーー


でも、
今日からB隊員の活動先の学校が始まる。
だから、朝から学校に行った。

学校の入り口にて。
新年のあいさつ。

新年のあいさつ



ここは寮制の私立の女子校
だから、5年生以上は女の子ばっかり。
そして、新年のあいさつを浴びながら歩く。

女子校生



寮制だから給食もある。

給食室の様子

給食のおばちゃん

食堂

給食


子供たちが食べるスピードの速さにびっくり。
絶対噛まずに飲んでるな……


新年度初日。
日本みたいに事前に子供を迎える準備はしません。

先生は遅刻。
時間通りに来た子供たちは、
どこへ行っていいのかわからず待ちぼうけ。

待ちぼうけ1

待ちぼうけ2



先生たちが来たら、
何やら相談が始まった。

どうやら教科書を配るらしい。


倉庫から教科書を運びだし、
数を数えて、
机に並べる。


その間、子供たちは……


やっぱり教室で待ちぼうけ

やっぱり待ちぼうけ



B隊員も職員の一人として、
もちろん教科書の準備。

唯一暇していた私は、
同じく暇していた子供たちと遊ぶことに。

2年生には日本の歌。
3年生と4年生には、折り紙。


最初、英語で始めて見たけど、
子供たち、
あいさつ以外の英語はほとんど知らない。

ならば!

日本語で通しました。


それでも、
どうにかなるもんですね~~


幸い、
授業していると、おなかの痛みもちょっと忘れられた。



先生たちの準備が整ったようで、

始業式的な?
校長先生のお話

始業式的な

それから、
教科書配布

教科書配布



このポーズで写真撮るところ。
モルディブと一緒だ。



学校にいる間も二度ほどトイレを借りたけど、
やっぱり家に戻ってきたら、
お腹が痛くなってトイレ。。。

変わらず、水のような下痢。


これこそ

「バングラの洗礼」

ですね~~~。



お腹が痛くて、
学校から帰ってきてからは、
B隊員のお言葉に甘えさせてもらい、
ベッドにダウン。

お昼ごはんを作っていただき…

炊き込みご飯


そして、またダウン。



でも、今日はダッカへ戻る日。

「そろそろ行かないと」

と言われて、起きてみると、
寝る前よりは少しお腹もマシになり、
「正露丸」を飲んで、バスの旅に備え、出発。



ダッカへは一人で向かう。

バスを待っていたら、
日本語で話しかけてきた人がいた。
3か月くらいダッカで日本語を習っていたらしい。

B隊員に
「この人が手伝ってくれるって」
「英語も話せるって」
そう言われて、その彼と一緒にバスに乗り込んだ。

がしかし、
やっぱり、日本語をちょっと知っているだけで、
英語はわかんないみたい。
そして、5分もしないうちに彼は下車。

まあ、いいか。

と思い、バスのコンダクターに行先を伝えた。
そこで、ちゃんと伝わったし、
きっと降りるところで教えてくれるだろう。
そう信じていた……
この時は。


バスは満席だったけど、
しばらくしてすぐに席を譲ってもらえた。
お腹が痛くて耐えつつも、
前かがみに座って、うとうと寝ながら耐えた。

座っているうちは、
まわりのおじちゃんが、
時々、
「〇○だよ」
と場所を教えてくれていた。


だんだん人が減ってきたから、
席を移動して、
2シート使って、寝転んで爆睡。


それが失敗だった。
気付けば、乗客はみーんな降りて、
誰もいない。
終点の「モハカリ」まで来てしまったみたい。

バスのコンダクターに、
降りたかったバスストップの名前を連呼

「カクリ カクリ」

がしかし、伝わらず……
最初から伝わってなかったみたい……

そこで、
そういやゲストハウスがあるのがボナニだ。
と思い、

「ボナニ ボナニ」

と訴えると、

「CNG CNG」

と返される。


私が、そのまま戸惑っていると、
バスのコンダクターが一緒に外に出てくれて、
CNGを捕まえ、行先を伝えてくれた。


そして、
仲間と合流していたT隊員に電話し、
ベンガル語でCNGのドライバーに説明してもらい、
ゲストハウスに到着。

2時間で着くはずが、
渋滞もしていたし、
間違いもあって、
倍の4時間かかって到着。


そして、
やっとトイレに行けた。

ゲストハウスに到着したのは良かった。
一安心。

でも、
バングラの洗礼は続いていた。


水のような下痢。


お腹は痛いけど、
出てばかりで、お腹は空腹。
だから、夕飯を食べていた仲間と合流。
韓国料理やさんだったけど、
おでんを注文して食べた。


正露丸が全然効かないこの下痢。

「虫じゃないの?!」

と言われ、
バングラ隊員からもらった
「蟯虫の薬?」
を飲んで、就寝。。。



バングラの洗礼を浴びた

2013年 元旦



これもいい思い出かな~
なんて思いつつ、
お腹を抱えて眠る。


明日は、
治りますように………。


バングラまで会いに来たよ。

12月31日
熱を出してダウンした相方は申し訳ないけど留守番で…
ラミサの村へ向かう。
カリハテという町に近い、ノーファラという村へ


ホームステイ先でメイドとして働いていたラミサ

自由がなく、
休みもなく、
時には暴力まで受けて…

「バングラに帰りたい…」

こっそり私の部屋に来ては、そんな話をしていた彼女


そのうち、
お母さんが手術をすることになり、
しばらくして、
亡くなったという連絡が入った。



お母さんのことを理由に、
本格的にバングラへ帰ることを主と相談し始めた彼女
しかし、
主側になかなか取り合ってもらえず、
「バングラへ帰る」と決めてから1か月以上経過していた。

でも、
私がバングラに行く1月に
もしバングラに帰ることができていたら、
遊びに行くから。
そんな約束をして、私が任地を離れたのも1か月半前。

首都に上京してからも、
何度か彼女に連絡してみるも、
「いつ帰れるかわからない」
という返事。


ところが、
バングラへ出発する2日前に、
ホストのところで働くもう一人のバングラ人に連絡してみると、
「ラミサはバングラに帰ったよ」
と言う。


「やっと帰れたんだ」
という喜びと、
「バングラで会える」
というダブルの喜び。


ということで、
バングラ隊員のB隊員に助けてもらって、
彼女の村まで遊びに行けることになった。



2つのバスを乗り継ぎ2時間

バスで2時間



乗合タクシー(?)で20分

乗合タクシーで20分



バザールに着いて連絡すると、
「迎えにくる」というのでお茶を飲んで待つ。

お茶を飲んで待つ


するとそこに現れたのは……



ラミサに似ているけれど、違う。
妹がいるとは聞いていたけれど………?!


B隊員に通訳してもらうと、


「この人、お母さんだって言ってるよ」


って……

え?!


お母さん、

生きてたの………?!?!



という…はてな、ハテナ、???




まあ、ラミサに会って聞いてみるしかない。


バザールから歩くこと10分くらい。


ラミサの村に到着

村に到着


いいところ♪


そりゃ、
帰りたくなるよね。


こんな、いいところなら。



そして、
ついに、ラミサと再会。

再会


写真は、
あいさつをそこそこに私がトイレに行って、
戻ってきたときの図。

話を聞きつけて、
ご近所さんに囲まれているB隊員。




ご飯を用意してくれている
ラミサ、妹、お母さん、おばあちゃんの横に座って、
おしゃべり。

おしゃべり



そして、真相を聞く。

「お母さん、死んじゃったって言ってたよね?」

と。

すると、早くバングラに帰るための嘘だったって。


まあ、結果的には、お母さんが元気で良かった良かった。
手術をしたのは本当で、病気なのは本当みたいだけど。
ラミサのお母さんに私も会うことができて、
良かった良かった(*^_^*)


これがお家。

家

新しくてきれいな家だった。


やっぱりここでも、
ごはんを食べるのはラミサのベッドの上。

村のご飯



村のごはんは臭い。
村で飲んでいる井戸水は美味しくない。


そうB隊員から聞いていた。
ごはんは、モルディブも臭いから慣れているけれど、
鉄臭い井戸水はやっぱり美味しいとは言えないな。
島の美味しい雨水が恋しい…と思いだしちゃった。


でも、
用意してくれた食事は、美味しかったよ。

味ももちろんだけど、
私たちの到着を待ち、
もてなしてくれた彼女たちの気持ち
それがうれしくて、
だから、
幸せな食卓。


動物園の動物の気持ち


こんな風に多くの人に眺められながらの食事だって、
全く気にせず食べれてしまう。
手で食べるのも、美味くなったしね。


お客として招かれたときは、
「美味しい美味しい」
と言ってとにかくたくさん食べる。
食べなければならない。

これ、モルディブと一緒(笑)


ご飯は、勝手に増やされるし。
勧められただけ、できるだけ頑張る。
限界を超えない程度に…


もう私たちの食事風景は一つのパフォーマンス。
「入場料とるよ」
なんて冗談をB隊員が言っていたけど、
その通り。
だって、動物園に入るとき入場料払うもんね(笑)



食事の後は、
私もバングラ衣装に着替えて村を散歩

バングラ衣装で散歩



到着したのは午後。
そして、暗くなる前に村を出るため、
ゆっくりできる時間はなかった。

だから、
親戚の家巡りをバタバタとして、

「帰らないで、泊まってけ!!」

といろんな人に何度も言われながら、
村を後にした。

暖かく、見送られて。

見送り



いい村だったな~
楽しかった。


この村、
モルディブに出稼ぎに行っている人が多いみたい。

うちで働くもう一人のバングラ人
ジェラールのお姉さん、奥さん、息子にも会えた。
島に帰って、彼に写真を見せるのが楽しみ。


それ以外にも、
「うちの息子は3人ともマレで働いてる」
そんなことを言っていたおじいちゃんもいた。



ラミサ、
ラミサのお母さん、
ラミサのお姉ちゃん、

家族写真


村のみなさん。
ありがとう!!!

また来られる可能性は正直ほとんどないけど…
気持ちだけは、

「また来るね」




31日、大みそかの夕飯は、
やっぱり「年越しそば」
ではなく、
「年越しうどん」

年越しうどん



本当は、
チキン煮る予定だったけど、
ラミサのところで、
牛肉もチキンも食べたから、
もうお腹いっぱいで……

だから、
「年越しうどん」

「年越し発熱」
の人もいますが……

年越し発熱




2013年は
バングラディッシュのタンガイルで迎えた。

2013年、
モルディブで過ごすのは2か月半。

日本に帰って、
また新しい生活が始まる。


その前に、
残り2か月半、
気合入れて活動していこう!

そう考えたら、
早くゲマナフシの子供たちの前に立ちたくなってきた!
早く体育の授業をしたくなってきた!!
気合入ってきた!



2013年
皆様にとって、充実した年になりますように。

みなさーーん。
今年もよろしくお願いいたします。




バングラ人とコミュニケーション

12月30日
今日は、お世話になっているB隊員の任地でゆっくりすごす。

B隊員が、
私たちモルディブ隊員の二人に言ったこと。

「バングラ人とできるだけたくさん一緒にいてほしい」

そのためにベンガル語の指さしをコピーしてくれたり、
私たちをバングラ人の前に置いて、彼はどこかへ消えてしまったり…

でも、そんな彼の願いから、
「バングラ人のこと好きなんだな~」
と伝わってきた。

だから、
言葉がわからないながらも、
たくさんコミュニケーションをとっていこう。
そして、バングラ人の魅力をたくさん味わって帰ろう。
そう思って過ごした。


まず朝は、一人で散歩に出かけた。
霧がすごい!

霧がすごい。

そして、寒い!
でも、バングラ人は朝から元気に働き始めていた。
そんな彼らに、覚えたてのベンガル語とジェスチャーで話しかけながらの散歩。
面白い。


早朝散歩を終えて、一度家に戻り、
B隊員に橋の向こうのヒンディー地区を案内してもらった。

橋のむこうのヒンディー地区へ



イスラム教徒100%のモルディブ。

イスラム教徒 89.7%
ヒンドゥー教徒 9.2%
仏教徒 0.7%
キリスト教 0.3%
(2001年国勢調査)
のバングラディッシュ

やっぱりいろんな宗教が混じっている国は面白い。
ヒンドゥーのお寺あり、イスラム教のモスクあり。
そして、服装だっていろいろ。
食べ物だっていろいろ。



橋を渡ってまずは朝ごはん

ベンガルオムレツ美味い


こういう美味しい朝ごはんが
手軽に、そして安く食べられる環境ってうらやましい。
私の任地では、
人の家で食べる選択肢はあっても、
お店で外食という選択肢はないからな~

ダールもロティも美味しかったけど、
このベンガルスタイルのオムレツが美味しかった!!


散歩をしていたら、
かわいらしい姉妹を発見

かわいらしい姉妹1

かわいらしい姉妹2



理数科教師として、
1~5年生に算数、理科、
そしてなぜか社会科も教えているB隊員。

このお姉ちゃんが教え子らしく、
いつのまにか家庭訪問が始まっていた。

家庭訪問


ベンガル語だから、
内容は全くわからないけど、
やりとりを見ていて、
そして、
このお母さんが私たちのこともすごく丁寧に迎えてくれている様子を見て、
このB隊員が教師として、
子ども、親に信頼されているのが伝わってきた。



ヒンドゥー地区散歩を終えて、
バザールへ買い物へ。


ジョヒールの家族に日本食を食べてもらおう!
メニューはコロッケ。
その材料調達が目的。

こんな風に道で売られているこの白い液体。
なんだかわかりますか??

ミルク



正体は、牛乳。


バングラでは高級品の牛乳。
水で薄めて値段を売っているらしい。
安いものは水の割合が高いらしい。


バングラ人と関わるため、
そしてベンガル語を使うため、
野菜のお買いものは、
私たちモルディブ隊員二人のお仕事。

日本では、
一言も発することなく買い物ができる。
でも、途上国はそうはいかない。
お店の人とのやり取り抜きでは、買い物は成立しない。
欲しいものを伝える。
値段の交渉をする。
日本の無駄のないスムーズでスピーディな買い物も便利でいいけれど、
こういう面倒な買い物もいいじゃない♪
そう思う。


無事に買い物を終えて、
さあ、コロッケ作り

コロッケ作り

コロッケ


美味しいコロッケに、
私たち日本人は感動。

さて、
バングラ人は……


唐辛子を使っていない
やさしい味のコロッケ。
バングラ人が美味しいと感じるのか。

結果、
意外と気に入ってもらえたみたい。

よかったよかった。


食べ物って
どこの国でも大切なコミュニケーションツール。

どうやって食べるの?
作り方は?
材料は?
どんな時食べるの?
味はどう??
食べ物から広がるコミュニケーション



途上国の女性たち。
台所や外に座って調理をする時間が長い。

だから、
ここが大切なコミュニケーションの場になる。


「これ何?」
「どうやって使うの?」
そんな簡単な言葉だけで、
コミュニケーションが取れる。

自分の任地でもそうだけど、
こうやってお母さんが調理している横で座って、
おしゃべりをする時間が好き。
写真はジョヒールのお母さん。
このお母さんの台所も居心地が良かったな。

ジョヒールのお母さん



その辺にいた子供たちともちょっとだけ遊んだ。


子供とのコミュニケーションに言葉はいらない。

子供たち


合図なしにいつの間にか始まって、
そして、
あっという間に友達になれちゃうのが遊びの力。




B隊員が床屋に行って、
髭剃りパフォーマンスを見せてくれた。

私も横に座って観察。

日本でも床屋に入ったことなかったから、
床屋の椅子初体験。

床屋の椅子初体験

髭剃りパフォーマンス


「真剣な顔したバングラ人、好きなんだよな~」

とつぶやくB隊員。
ほんとに、バングラ人のことが好きなんだね。

私は、
そんな真剣な仕事をするバングラ人の向こうで
愛嬌たっぷりに仕事をするおじちゃんに惹かれてしまった。

床屋さんのおじちゃん




この日も
ジョヒールの作るチョップティを食べて、
家へ帰る。


特に何をした。どこへ行った。
そういう訳じゃないけれど、
バングラ人とのコミュニケーションを通して、
充実した一日。


明日はいよいよ
私のホストの家でメイドとして働いていた「ラミサ」
彼女の村へ行って、彼女に会える。
このバングラの旅の大きな目的。
そして、大きな楽しみ!


ところが……


おやおや
相方が調子悪くなってしまって……
熱も39度………

バングラのポカリ




ちなみに、
写真に写っている青い袋。

「バングラ的ポカリの粉」

「経口補水液」という考え方、
実はバングラディッシュから広まったものらしい。
だから、この粉はポカリスエットやアクエリアスの原点。
プチトリビアですね~



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プロフィール

バラーバル

Author:バラーバル
モルディブ、ゲマナフシ島
(2011/07/26
     ~2013/03/20)

青年海外協力隊として、
小さな地方島の学校で、
小学生に体育を教えています。

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